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春風が、スキ

向かい風と追い風なら、あたしは向かい風の方がスキだ。


向かい風の中歩くのはとても気持ちがいい。
手の込んだオールバックは恥ずかしいしみっともないけれど
自然派オールバックはとても便利。
髪が顔に纏わりつかないから視界がクリアだし
肌を擽って(これ、「くすぐって」って読むんだね)痒くなることもない。
とにかくスッキリして気持ちがいいのだ。


向い風の中、大股で風に体当たりしながらリズミカルに歩を進めると
自分が今、自らの意思と能力で着実に前進していることが風の抵抗によって実感できる。
吹き付けてくる風が強くて、少し呼吸が苦しくなるのもなんだかドラマチック。
中世のお話の騎士のつもりであたしは風に一人立ち向かう。
このスピードを崩さなければ、きっと世界を手懐けられる。
そう夢想し、意地になり、駆け抜ける。


向かい風が吹くと、あたしは途端に強くなれるのだ。


あたしは一人で
そして奇跡的に自由で
世界と闘って、そして勝つ。


向かい風はあたしを試し、あたしはそのゲームに乗る。
その先に待つ、あの無敵な感じ。
一人で強くあることは、とても気持ちのいいことだ。




一方追い風は、ひどく厄介。
そこそこの追い風はすいすい進めて気持ちいいのだけれど
強い追い風には不穏さを感じるのだ。
そのまま流されると、渦のようなものの中にに引き摺り込まれるような。
気を抜くと叩き落とされるような。
隙を狙われて、足元を掬われて
そのままぽっかりと空いた虚空の穴のようなものに、すとん、と容易に落とされるような。


胸騒ぎ。


ざわざわざわ
と心の中が音を立てる感じ。
実際追い風は不穏な音を現実に立てながらゆっくりとあたしたちを襲う。
(そう、向かい風はもっとビヨーンとかゴウキュルーとか楽しげな音を出す)
きっとスキーでジャンプしてる人たちはきっとわかってくれるはず。
追い風が、のしかかる、あの感じ。


追い風は変な感じ。
でも?だからこそ?
その胸騒ぎや、落ちていく感じ、ざわざわ、や、すとん、といったあの感じ。


あの感じは、とてもセクシーな感覚だったりもするのだ。


それはたとえばエレベーターが下降する瞬間や
荒波の日に縦揺れを起こす船がやはり小さく落ちる瞬間にも似ているけれど
いずれにしろ、あたしは「あの感じ」に弱く、カラダの奥の方が勝手に蠢く。
カラダの中から、すとん、と宇宙が抜け落ち空洞ができたのか
それともその空洞が宇宙によって埋められたのか
どっちにも感じられて、どっちかわからない感じ。


それは確かにとても官能的で、あたしはぞくぞくして、
そのぞくぞくが、気持ちいいことなのか悪い予感なのかどうか判断がつかなくなって
その感じにまたくらくらする。
実際は、追い風に吹かれているけなのだけれど。


追い風のセクシーさ。あたしはつい、目を閉じる。
落ちるという感覚は、本質的に快感に近いのかもしれない。






なーんていろいろ書いてみたけれど。




春風の前では全てが無効。
もう、向かい風も追い風も無い。


春風はとかく全方向から吹いてあたしを混乱させるのです。




髪はぐちゃぐちゃだし、目はしょぼしょぼだ。
肌も乾燥するし、顔を歪めるからどうしたって不細工になる。


そうしてあたしは混乱する。


何に立ち向かい、何に溺れればいいのか、もうわからない。
あたし何キャラだっけ?
強いんだっけ?セクシーなんだっけ?
自由なんだっけ?不自由なんだっけ?
1人?2人?それとも3人?
もう拠り所がどこだったのか、皆目検討もつかないのだ。


それはひどくはがゆく、苦しいこと。
どのストーリーもあたしをその気にさせてはくれない。
どっちもありで、どっちもなしで。
とりあえずお家に帰りたいのに、方向がもうわからない。




けれど。
春風の混乱は一流品なので。




その混乱はある風速を超えると
もう突拍子が無さ過ぎて、みんな笑うしかなくなってしまう。


女子高生のスカートは飽きるほど捲れ、
おじちゃんのカツラは飛ばされ、
自転車は蛇行し、
ゴミはカミサマからのプレゼントのように舞う。




全てはコントで、あたしたちは笑う。
世界は温く、人生はギャグで、あたしたちはこの混乱に身を委ね、笑う。




そして風は吹く。


笑いつかれたあたしたちの舞台に花びらが馬鹿みたいに舞うから
キレイとか通り越して、ほら、もう何も見えない。




春は、そんな季節。


全ては、春風のせいで。

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March 31, 2006 6:00 PMに投稿されたエントリーのページです。

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