« ありえないことを待つのが、スキ | メイン | 春風が、スキ »

夜の冷蔵庫が、スキ

冷蔵庫は孤独だ。




割と騒がしく、たくさんのものたちがひしめきあう台所の中
やたら大きい直方体は、ただじっとひんやりと冷えている。
大抵は隅に。でなくとも大概は壁際に押しやられている。


その四角さとその冷たさ。そしてその清潔さ。
そこにある孤独と、その孤独さと同質の静謐な光。


冷蔵庫がますますその孤独さとその魅力を発揮するのは夜だ。
できれば深夜がいい。
闇はなるべく深い方がよくて、季節はできれば真夏かそれかいっそのこと真冬がいい。
(それか変な夜。季節とは関係なく何かに火照る、それか凍える夜。)


しん、と、した夜の中、そう、多分そういう場合、台所の電気は消えていて、とても暗い。
音は全くしなかったり、案外窓の外からは喧騒が聞こえていたりするかもしれない。
けれど部屋の中から発せられる音は無い。
その中で冷蔵庫は低く唸る。ジジジジジとかブーンとかヴィーとかズーとか。
床は微かに振動する。それは気まぐれに止んだりもして、そのうちまた始まる。
その機械音は余計に孤独を際立たせる。
不思議なもので、音を立てている冷蔵庫がお喋りではなく寡黙なのだということは、予め定められていたことのように何等疑いの余地無く理解される。




ドアに手をかける。
ヴォワッサみたいな音が、マグネットを引き剥がしたときに聞こえる。




その四角の扉を開けると、そこは光の海。






煌々と放たれた光は
一瞬だけ、そうだな、多分ちょうどその眩しさに目が慣れるまでの間ぐらいの時間。
ちょっとだけ、希望みたいなのに見えなくもない。


そこには日常に即した食料品が無造作に並んでいて
何かを取り出そうと思うけれど、特に食べたいものもない。
けれど、閉めてしまうのがもったいなくてしばらくはそのままにしてみる。
食料品は美しい。食べかけでも賞味期限を少し過ぎていても。
そこには日常がある。
けれど同時に、ただ陳列されて鑑賞の対象となった日常は、非日常にもなる。




白い光は差し続ける。冷蔵庫は全てを冷やし続ける。暗闇の中で、ただひとつ。


そうしてあたしは、冷蔵庫は孤独だと思う。




気が済んで、ドアを閉める。
そのまま冷蔵庫にぴたりとカラダをつけてずるずる座り込むと
意外とモーターはあたたかいことを知る。
そのあたたかさを感じて、余計にあたしは泣きたくなる。
なにも考えないことはできないものか、と考える。


けれどたぶん、あたしは実際には泣かない。そしていっぺんにたくさんを考える。




そうしてあたしは、冷蔵庫は孤独だと思う。




大きな直方体と、光と、冷たさと、あたたかさと、唸りと、沈黙と、夜。
孤独な夜の冷蔵庫。
それはそれは美しく。
この夜を当たり前のように支配する。
その孤独は全てを呑みこみ、全てを受け入れる。






冷蔵庫は孤独で、この夜と、そして全てのちっぽけなひとたちを赦す。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.midoris.org/mt/mt-tb.cgi/48

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

March 19, 2006 5:59 PMに投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ありえないことを待つのが、スキ」です。

次の投稿は「春風が、スキ」です。