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ホテルが、スキ


ホテルというものはなんて便利なものなのだろう、と思う。


たとえばなんの用意もしていなかったとしても。
少なくともそこにはあたたかなお湯があって、それなりに大きなベッドがある。
テレビもあって暖房もある。
シーツは白く、バスタオルは清潔そうに畳まれて、
バスローブや浴衣が他の物よりちょっとだけウカレた感じで置かれている。

世界の果てにいると信じて疑わない、駆け落ちした恋人たちにも
お金で買った思い出を、買えないものに見せかけようと必死な家族にも
言い訳だらけのみっともない久しぶりの2人にも
探し物が見つからず座り込む1人にも


全てのヒトに平等に。
ホテルの部屋は、ただそこにきちんと、ある。
きちんと。

それはとてもとても幸福なことです。


もちろん「ホテル」にはちょっと違う感じのところもある。
けれどあたしはそういうのは厳密にはホテルとは呼ばない。
それらはユースホステルだとか宿だとかジャングルだとか
もっと別の名前が与えられる場所のはずで
あたしがホテルと呼ぶのは

最低限の清潔な、そしてきちんと孤独な部屋を用意しているところだけです。


ホテルの部屋に入った瞬間
あたしはいつも
そこがもうあたしやあたしたちのためだけの1つの宇宙のような気がしてしまう。
とてもとても孤独でいとおしい宇宙。
前にも後にもその部屋では入れ替わり立ち替わり人々が過ごしているはずなのに
その感覚は揺るがない。
それはとても奇妙なことです。

でもきっとそれは
ホテルの部屋というところが

日常からは、決定的に遠いところだからだと思います。


自分の部屋のようにも馴染めず、他人の部屋のようにも浮きもせず。
ホテルの部屋はそういう比較とは違うレヴェルで。
静かに小さな宇宙を内包する。
日常から遠いその小さな小さな宇宙では
実に様々なルールが失われる。
それはその宇宙で
日常やら現実やらを背負い込むこの疲弊した世界を
甘く丸め込む魔法が通用するからです。

全てをシンプルに祝福する魔法。
あたしは
その勘違いの宇宙で通用する魔法を愛す。


あっち側。

全てのルールを超えて、純粋に欲望する、あっち側の宇宙の象徴としての魔法。


たとえば好きな人の家の、好きな人の匂いのする、好きな人のベッドで眠ることは
もちろんとても心地よく、泣けるほどに安らかなことです。
なぜならその延長線上にははっきりと日常があるから。
そして日常はいつだって。
素晴らしい頑強さとしぶとい健やかさを携えて
最終的には何にも負けずに流れていくのです。


けれど
一緒に生きていきたい人と一緒に死にたい人とが時として違うように。

たとえば日常というこっち側にあたしがしっくり馴染めないのだとしたら。

あたしは甘やかな魔法に。小さい宇宙に。
あっち側に、しばらくは属していようと思う。
少し遠いホテルで、このやたら寒い季節が終わるまで、しばらく暮らすように。


それにあたしは知っている。
とても簡単なきっかけで、あっち側はこっち側にもなる。
それはホテルの部屋の壁越しに、キスをするのとおなじぐらい簡単なこと。
こっち側とあっち側が楽しげに入れ違うとき。

邪魔なルールは全て溶け、魔法は全ての部屋で起こる。

そうやって。世界は台無しになるのです。とてもとてもいい意味で。


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January 10, 2006 5:57 PMに投稿されたエントリーのページです。

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